ゼウス神殿を後にし、
しばしアテネの街中散策。
ここは、お豆腐屋さんに見えるけれど、チーズやさん。
前を通るだけで、濃い匂いが漂っていきます。

生活する人の熱気が伝わってくるミート・マーケット。
お肉屋さんが百軒程軒を連ねています。

よそ行きでない顔のアテネは、力強い感じがします。
そろそろお昼、
私はひとつ覚えの様に「ムサカ、ムサカ」と唱えながら美味しそうなレストランを探しました。
ムサカは、
私がたったひとつ覚えられたギリシアの伝統料理名、
たったひとつとは、食いしんぼとして情けない…。
裏道や路地の店、
観光客で一杯ではない食堂。
店を探しながら、路地散歩も出来てとても楽しい。



猫に誘われるように、テーブルに着きました。

ギリシアに着いてからずっと村上春樹の「遠い太鼓」を読んでいます。

彼の本を手に取るなんて何年かぶり。
ロンドンのフラットに前の住人が残していったモノで、
厚めの本なのでフライト時間が長い今回の旅にピッタリかなと思って鞄に入れてきたのです。
ところが読み始めて驚きました、
彼が「ノルウエーの森」を書くためにギリシアの島等で暮らしていた時のことが書かれた、海外生活記だったのです。しかも今の私の年齢に近い時に。
タイミングの良さにびっくり。
そこにはこんな風に書かれています。
ちょっと長いですが引用。
「遠い太鼓」村上春樹著 講談社文庫
「(略)40歳というのは、我々の人生にとってかなり重要な意味を持つ節目なのではなかろうかと、僕は昔から(と言っても三十をすぎてからだけれど)ずっと考えていた、とくに何か実際的な根拠があってそう思ったわけではない。あるいはまた四十を迎えるということが、具体的にどういうことなのか、前もって予測がついていたわけでもない。でも僕はこう思っていた。四十歳というのはひとつの大きな転換点であって、それは何かを取り、何かを後に置いていくことなのだ、と。そして、その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできない。試してはみたけれどやはり気に入らないので、もう一度以前の状態に復帰します、ということはできない。それは前にしか進まない歯車なのだ。僕は漠然とそう感じていた。
精神的な組み換えというのは、おそらくこういうことではないだろうかと僕は思った。四十という分水嶺を越えることによって、つまり一段階歳を取ることによって、それまではできなかったことができるようになるかもしれない。それはそれで、素晴らしいことだ。もちろん。でも同時にこうも思った。その新しい獲得物とは引き換えに、それまでは比較的簡単にできると思ってやっていたことができなくなってしまうのではないかと。
それは予感のようなものだった。でも三十も半ばを過ぎるころから、その予感は僕の体の中で少しずつ膨らんでいった。だからそうなるまえに、−僕の中で精神的な組み換えが行われてしまう前に−、何かひとつ仕事をして残しておきたかった。もうおそらくこの先、こういう種類の小説は書かないだろう(書けないだろう)というようなものを書いておきたかった。歳を取ることはそれほど怖くはなかった。歳を取ることは僕の責任ではない。誰だって歳は取る。それは仕方のないことだ。僕が怖かったのは、あるひとつの時期に達成されるべき何かが達成されないままに終わってしまうことだった。それは仕方のないことではない。
それも僕が外国に出ようと思った理由のひとつだった。日本にいると日常にかまけているうちに、だらだらとめりはりなく歳を取ってしまいそうな気がした。そしてそうしているうちに何かが失われてしまいそうに思えた。僕は、言うなれば、本当にありありとした、手応えのある生の時間を自分の手の中に欲しかったし、それは日本にいては果たしえないことであるように感じたのだ。
(略)たとえどのような理由が僕を旅行に駆り立てたにせよ、その長い旅はそれを発生せしめたそもそもの理由なんてどこかに押し流してしまったからだ。結果的に言えば。
そう、ある日突然、僕はどうしても長い旅に出たくなったのだ。
それは旅に出る理由としては理想的であるように僕には思える。シンプルで、説得力を持っている。そして何事をもジェネライズしていない。
ある朝目が覚めて、ふと耳を澄ませると、何処か遠くから太鼓の音が聞こえてきた。ずっと遠くの場所から、ずっと遠くの時間から、その太鼓の音は響いてきた。とても微かに。そしてその音を聞いているうちに、僕はどうしても長い旅に出たくなったのだ。
それでいいではないか。遠くから太鼓が聞こえたのだ。今となっては、それが僕を旅行に駆り立てた唯一のまっとうな理由であるように思える。
(略)僕はその時の気分次第でいろんな書き方をした。個人的な楽しみの為に書いたものもあるし、やむにやまれぬ独白もある。(略)しかし基本的には、これらの文章は親しい人々に手紙を書き送るような気持ちで書かれている。
(略)自分の目で見たものを、自分の目でみたように書くーそれが基本的な姿勢である。自分の感じたことをなるべくそのままに書くことである。安易な感動や、一般論化を排して、できるだけシンプルに、そしてリアルにものを書くこと。様々に移り変わっていく情景の中で自分をなんとか相対化しつづけること。もちろん簡単な作業ではない。うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。でもいちばん大事なことは、文章を書くと言う作業を自らの存在の水準器として使用することであり、使用しつづけることである。(略)」
私がまだ日本にいてロンドンに向け自分でも驚く程がむしゃらに動き出した感じ、
ロンドンでこのブログを書き続けてきた感じ。
勿論大きな仕事をなした村上春樹氏に自分は遠く及ばないけれど、
彼の感じていたことが余りにも自分の考えていたことと通じていたので、思わず涙してしまった程。
びっくりしました、そして慰められました。
テーブルにはお料理が運ばれてきました、こちらがムサカ。

茄子とポテトのラザニア、フェッタ・チーズかけと言った感じの一品です。
こってりではありますが、基本野菜なのでなんとか完食。
でも、ポピュラーなメニューとしてこのムサカとグリルした肉の組み合わせがメニューにありました。勿論パンを添えて。
その他前菜も選びデザートも付けるのがお昼でも当たり前みたい。
本当に皆どれだけ食べるのでしょう…?
私が1人なので、
暇そうなこの店のウエイターさんが話しかけてきました。
私は日本から来たのだ、
というと、
彼は黒澤映画が大好きだ、と言っていました。
「世界の黒澤」、自分が日本人であることを誇らしく思える瞬間です。